首藤剛志のふらふらファイル箱

人並みのつもりにしては、ふらふらしています。

女たちの「海猿」

 渋谷に出たついでに映画を見た。仕事場から歩いて十五分で渋谷の街に出られるから、用事で渋谷に行った時には、上映開始の時間さえあえば、作品を選ばずに見てしまう。
 高校生の時から、年間百本以上、劇場で映画を見るという、自分勝手な記録を維持しているので、その記録を壊したくない気持ちもあって、何でもかんでも見てしまうのである。
今日見た映画は「海猿 LIMIT OF LOVE」……日本のパニック映画としては、良く出来た力作だった。
 最後まで、引き込まれて見た。
 少し前にあった、地下鉄の中を変な電車が走り回るという、設定からして白け、後の展開もめちゃめちゃという「交渉人なんとか」という映画とは大違いである。
 フェリーの沈没事故が、鹿児島湾の中、公衆の目の前で起きるという所が、なかなかにサスペンスフルな見せ場になっている。
 なくてもいいと思うミニチュアっぽい沈没シーン以外は、特撮も良く出来ている。
 もちろん、つっこみどころは、いくらもある。
 重要な小道具になる携帯電話がホテルの中では通話不能になるのに、沈没寸前の船から通話できてしまうなど、もうちょっと丁寧に説明してもらわないと、携帯電話嫌いの僕などには、納得がいかない。
 だが、そんな事など、どうでもいいぐらいに、ただもう呆然と最後まで見てしまったのは、この作品に出てくる女性達の変んなところに、見とれてしまったからだ。
 だいたい、ヒロインが変である。
 恋人に手製のウエディングドレスを見せに、車で東京からわざわざ鹿児島までやってくる。
 海難対策本部に、恋人の安否が心配なあまりに乗りこんでうろうろする。
 沈没寸前のフェリーの中からの、恋人からの携帯電話で、プロポーズされ涙ぐむ。
 「プロポーズする暇があったら、早く船から逃げて!」……と、普通は叫ぶと思うのだが……後は、
ただもう、沈んで行く船をおろおろと、一途に恋人心配で、見守るだけである。
 こんなに自己中心的なヒロインもひさしぶりである。
 たまたまフェリーに乗り合わせたニュースキャスターの女の子も、そうとう、変である。
 沈みかけたフェリーに、乗っていて怖かったのは分かるが、助かっても、まだうろたえている。
 てめえのジャーナリスト精神を、どこかにおきわすれたように、おろおろはらはら事件を報道する。
 プロのニュースキャスターである前に、普通の女の子なのだ。
 更に凄いのが、大塚寧々さんの扮するフェリーに取り残された女性だ。
 この人が、この映画の本当のヒロインだと思うのだが、妊娠五ヶ月のくせに、三十五才の年齢を三十二才だとサバを読み、(三十代の女性が二十代だとサバを読むのは分かるが、妊娠までしている三十五歳の女性が三才若く年齢をサバを読むのは、何となく分かるような分かったような細かい女性心理……こんな女性、今まで映画にでてきたろうか……)おまけに、大学時代は恋愛研究会に入っていて、男女の恋愛の行き着く先は、失恋か結婚か死に別れだ……だなんてことをさりげなく言って、若きヒーローをおどかし、そんな女性が妊娠中にフェリーの売店の店員をやっていて、おまけに、だから船の中の事をよく知っていて、しかも、昔、水泳部にいて、泳ぎが得意だときている。
 妊娠中に、三十メートルの素潜りを見せてくれるし、高いはしごも、けなげに登って行く。
 気弱になっていくもう一人の男の乗船客を、励ますそぶりも見せる。
 その男の乗船客の家庭の事は聞くが、彼女の家庭事情は、映画には出てこない。
 それでいながら「おなかのこの子だけは産みたい」なんて口走る。
 かと思えば「おなかの子が、男の子なら、あなたの名前を付けるわ」と、がんばるヒーローを、自分も頑張りながら、励ます心配りを見せる。
 ともかく大奮闘なのである。
 いったい、この支離滅裂な女性は、どんな人生を歩んできたんだろう。
 僕はそっちの方が気になって、フェリーがどうなろうと、どうでもよくなってしまった。
 この女性は、いったいなんなんだ?
 おまけに、大塚寧々さんが、その役を、自然にリアルに演じるから、そんな女性が、本当にどこかにいそうな感じがしてしまう。
 どうせ、ストーリーは、作劇上、ハッピーエンドになるのに決まっているのは分かっているから、僕の興味は、大塚寧々さんの役が、どんな行動をするかにしぼられてくる。
 それどころか、この事件が終わった後、この女性が、どんな人生を送るのだろうかと、映画とは関係のない事まで気になってしまった。
 映画自体は、救助隊万歳、ヒーローと携帯電話ヒロインの再開のキスシーンで、めでたしめでたしで終わる。
 なかなか感動的に盛り上がってくれる。
 だが、僕は、救助されて救急車に収容され運ばれた大塚寧々さんの役が気になった。
 安産を祈る……。
 実は、僕の妻も三十五才ごろ、娘を胎内に宿していたのである。
 人事とは思えないのである。
 と、同時に、妻が、大塚寧々さんの役のような女性だったら、僕はどうなっちゃったんだろうと、いらぬ心配さえしてしまった。
 いずれにしろ映画「海猿 LIMIT OF LOVE」の主役は大塚寧々さんだった……。