首藤剛志のふらふらファイル箱

人並みのつもりにしては、ふらふらしています。

不幸なDS

 打ち合わせに行くのに、タクシーと電車を二本、乗り換えるのが常である。
 仕事場を早く出ればいいのだが、いつもぎりぎり時間か、数分、遅れるのが癖になって直らない。 都合の悪い事に、タクシーも電車も、距離がさほど長くないので、乗っている間、本を読むほどの時間もない。
 乗客の様子を観察するか、ぼんやり窓の外を眺めているだけである。
 それでも、往復で二時間はかかる。
 時間がもったいないとぼやいていると、妻が、その時間、任天堂DSの「脳を鍛えるトレーニング」でもやったらどうだと言い出した。
 確かに最近、歳のせいか、もの忘れが多い。
 それではというので、渋谷のゲーム店に、娘と一緒に買いに行った。
 この娘、ゲームは殆どやらないが、友達のやっているゲームを横目で見て、ゲームには多少の知識はある。
 ゲーム店に行ってみて驚いた。
 DSは売り切れで、中古品が一個あるだけだという。
「じゃあ、それでいいです」と言って、値段を聞いてびっくりした。
 ソフトを含めて二万円弱である。
 中古品でも、値段は、殆ど安くなつていないのである。
 保証期間も残っているという。
 それにしても、ゲーム機に、何万も払うなんて……と、今更ながらにあきれた。
 こう言う僕を、世間知らずという。
 実は、十年以上前はゲームソフトの開発に関わったり、自分の書いた小説のファミコン化の監修はした覚えがある。
 だいたいシリーズ構成をしていた初期の「ポケモン」のアニメ自体、もとはゲームである。
 ただ、ソフトの値段こそ、覚えていたがすぐ忘れ、ゲーム機本体の値段に関心がなかった。
 そもそも、ゲームと言うものに興味を覚えないタイプなのだ。
 自分の関係したゲームですら、最後までやり終えたことがない。
 すぐ飽きてしまうのである。
 それに、ゲームの作り手の掌の中で、遊ばれているようで、ゲームをやっても面白くない。
 特に対戦型のゲームは、自分が傷つかない代理戦争をやっているようで気持ちがよくない。
 それに、僕は負けず嫌いで気が短い。
 小さい頃から、ゲームは、麻雀やパチンコ以外の金銭のかからないものには、関心がなかったし、競馬、競輪などの賭け事も、殆どやらなかったから、これは僕の性格なのである。
 パチンコも、テクニックを必要としない自動式になってから、やった事がない。
 麻雀は強い、と言われた事もあるが、最近は、麻雀のできる四人が集まらないし、結局時間の浪費だと思うようになってから、誘われてもやらなくなった。
 ゲーム全盛の今、こんな僕は、特異体質と思われるかもしれないが、苦手なものは、苦手である。
 DSの値段を聞いて止めようと思ったが、背後に娘の目がある。
 見栄で買ってしまったのが、「脳を鍛える大人のDSトレーニング」……で、結果は、すぐに後悔した。
 まず、このソフト、最初にプレーヤーが、右利きか左利きかを聞いている。
 僕は基本的には、左利きだが、書くのだけは右である。
 どっちを選んでいいか分からない。
 このゲーム、答えを手書きする画面があるのだ。
 試しに、左で字を書いてみたが、恥ずかしいぐらい下手で遅い。
 右で書くしかないのだが、もとが左利きだからスピードが遅い。
 いらいらしているうちに、脳の柔らかさを示す年齢がでた。
 僕の実年齢より二十は多い。
 この生意気なゲーム機は、僕を、老人扱いするのだ。
 むかついて、娘にあげるというと、「いらない」と言う。
 昔「たまごっち」には、はまっていた筈の娘である。
 MACの子供向きフリーソフトも、いくつか持っている筈である。
 DSには子供向きというのか、ゲーム好きの人向きのソフトも多く売り出されているから「それ、買ってやるから……」と言っても「いらない」という。
「ゲームは勉強の邪魔……それに、他にやる事がいっぱいある」などと生意気な事を言う。
 実は、この娘、僕以上に、負けず嫌いなのである。
 ゲームごときに負けてたまるかと、思うのだろう。
「語学用のソフトもあるよ」と言っても、いらないという。
 結局、DSは、妻のもとに落ち着く事になった。
 だが、DSを使っている気配はない。
「料理のやり方」のソフトも出ているのだが、そんなソフト、買う訳がないのは、僕が一番良く知っている。
 料理などとは、一生、無縁そうな妻である。
 かくして、買って数日後に……うちのDSは、ほこりにまみれ、押入れの片隅に放り込まれる運命が決定した。
 まだ保証期間があるのに、中古で売られ、使用時間、数分のこのDS……日本で一番不幸な、身の上のDSのひとつかもしれない。