首藤剛志のふらふらファイル箱

人並みのつもりにしては、ふらふらしています。

おそるべし宝塚

 土曜の夜である。
 どうせ、野球の阪神は、今日も駄目だと思ったから、夜の渋谷をさ迷う事にした。
 栄養を付けようとして、結構、渋谷では、いい店で食事を取った。
 料理屋兼飲み屋のような店である。
 僕は酒は止めているが、図々しいから、飲み屋風でも、酒を断って食事を頼む。
 当然、一人だから、カウンター風の席に通された。
 カウンターには、隣に、カップルが座っていた。
 ふと、聞き耳を立てると、今夜は、一緒に過ごせそうなカップルであった。
 少なくとも、男の人には、そのチャンスがあると思えた。
 くどけそうな会話が時々出てくるので、隣で、そこを一押しすれば……と、僕は男の人に応援したい気のなった。
 ところがである。
 女の子の方に、酒が入ってくると、突然、話題が、タカラズカ(宝塚歌劇)の話になった。
 女の子は宝塚のファンだった。
 宝塚は、いうまでもなく超有名な女性だけの劇団である。
 僕だって、「ベルバラ(ベルサイユのバラ)」と、ミュージカル「エリザベート」の舞台ぐらい見ている。
 漫画の手塚治虫氏が、宝塚フアンだったことも知っている。
 生前の手塚治虫氏とお会いした事もある。
 その時は氏が、僕の名前を知っているので驚いて恐縮した。
 しかし、宝塚は僕の興味範囲からは、遠かった。
 隣の女の子は宝塚ファンの心理を語り始めた。
 これが面白い……思わず聞き入ってしまった。
 こっちは何の関係もない隣の客だから、知らんぷりで聞いてしまった。
「私はそこまで、はまっていないんだけどね」と女の子は男の子に話していたが、一時間もその話が続くと、結構、その女の子が、そうとう、宝塚にのめり込んでいる事が分かる。
 宝塚とファンの様々な動きも、聞くともなく教えてもらった。
 相手の男の子は、今時の男の子で、けっこうイケメン、女の子に調子を合わせて受け答えしている。
 しかし、話が一息つくと「もう、終電だから……」と、女の子に帰ろうとうながした。
 男の子は、少なくとも今夜はあきらめたのである。
 出て行く二人に、面白い話をありがとうと言いたくなったが、何の関係もない僕が、声をかけるのはおかしいから、止めておいた。
 おそるべし宝塚……二人のカップルの一夜を、変えてしまったのである。
 宝塚も隣のカップルも僕とは何の関係もないけれど……まあ……渋谷の街をぶらつくと、色々、僕の知らない世界を垣間知る事が出来る。
 すくなくとも、阪神・巨人戦をTVで見るよりは、ましだった。