首藤剛志のふらふらファイル箱

人並みのつもりにしては、ふらふらしています。

ある女優のお話

  先日、地方公演を終えたミュージカル「不思議の国のマッチ売り」の打ち上げパーティがあった。
 かなりの成功を収めたようで、みんな晴れやかだった。
 その時、たまたま出た話題である。
、ずいぶん昔だが、僕はミュージカル風の舞台を演出したことがある。
 生身の人間達を演出するという事は、とても大変で、2度とやりたくないと思い、事実、それに懲りて、
冗談で依頼があっても演出は断って来た。
 その、おそらく生涯一度だけになるだろうミュージカル演出で、主役たちの後ろで踊る人たち……20歳前後の若い子たちばかりだ……いわゆる、コーラスラインの人たちに、最初は振り付けなど気にせずに、音楽を聴いて感じたままに動いてみてくれと言った。
 若いこれからの人たちである。
 形式より、自分の思うままの自由な表現をする感性を身につけてほしかったのだ。
 振り付けは、そのあとでいい。
 でも、そんな演出家ははじめてだったのだろう。
 みんな最初は戸惑っていたが、一人が踊りだすと、堰を切ったようにみんな踊りだした。
 みんなそれぞれ、勝手に自由に踊りだした。
 その中には、目立った動きをする子もいた。
 そんな子の名は、僕はすぐ覚えた。
 しかし、戸惑っておどおどしている子たちもいた。
 そんな子たちの名前は、記憶から消えた。
 役者の世界は厳しい。
 その頃、コーラスラインにいた子たちのほとんどが、今はどこにいるか、僕は知らない。
「江戸はるみちゃんって、可愛い子いたでしょう」
 当時を知る方から言われた。
「え?……」
「首藤さんが演出したのに覚えていないの?」
 覚えがない。
 つまり、その時戸惑っておどおどしていた子の一人だったのだろう。
 その子は、そのミュージカルをやった劇団でも可愛い子だったそうだが、しばらくして、その劇団を止めたらしい。
 こちらも、初めての演出である。
 態度には見せないが、必死である。
 可愛いだけでは、記憶に残らなかった。
 その江戸はるみさんが、今のエド・はるみさんなのである。
 本名なのである。
 聞いて驚いたのなんの……あのはっちゃけたなりふり構わぬ芸人さんがその人なのである。
 あれから○十年……彼女は、舞台から芝居から逃げなかったのだ。
 彼女は、ただの一発芸人ではないのだ。
 おそらく、数々の役者の修羅場をくぐりぬけて、今のエド・はるみさんがいる。
 そういえば、最近、シリアスなテレビドラマに出ているエド・はるみさんを見て、芝居がしっかりしているのに感心したことはある。
 しかし、あのコーラスラインの中に若き日の江戸はるみさんがいたなんて……
 僕は、何事も頑張り続ければものになる。とか……石の上にも○年とか、継続は力なり、とかを言いたいのではない。
 ただ、僕が、あの人の才能を見抜けなかっただけである。
 あの人は、あの時の若くて変な演出をした僕を覚えているだろうか?
 覚えていてくれなくても、僕も覚えていなかったから……いいか。
 でも、今はもうおじさんで申し訳ないが、エド・はるみの隠れフアンが、一人増えたことは確かである。
 なんとなく、クリスマス向きの話かなと思いブログに書いてみた。
 では……